院長コラム

ネコひっかき病 (Cat scratch disease)2017年09月29日

珍しい名前の病気ですが、聞いたことがありますか?

キテイちゃんに代表されるネコは昔から家庭内で飼われていて、犬と共にペットの中でも最も人気のある愛玩動物です。平成28年度わが国では980万頭が飼われていて、これに野良猫(外猫)を加えるとわが国には1,000万匹以上のネコが住んでいることになります。

 
さて、今日はこのネコに引っ掻かれることで発症する感染症の話です。

今年8月のある日、42歳の元気な男性が右腋下のリンパ節腫大で当院外来に来られました。リンパ腺の悪性腫瘍ではないかと心配されています。10日ほど前から気づいたのですが、少しずつ大きくなり痛みを伴って、ピンポン球(直径4.0cm)やゴルフボール(4.3cmよりはやや小さく、鳩の卵(3x2cm)に近い30.x3.0cm大の柔らかくてぶよぶよした感じの軽度の圧痛を伴う腫瘤となっています。よく見ると右肘のリンパ節も2.0x2.0cm程度の大きさに腫れて、触ると痛みがあります。これまでに微熱と全身倦怠感がありましたが、仕事を休むほどではなかったと云います。

手を見ると右手第4指中節骨の内側に小さな膿瘍があります。本人は「特に気にしていませんでしたが、いつからでしょうかねえ」といいます。

「猫は飼っていませんか?」と聞くと、「猫は飼っていませんが、野良猫3匹に時々えさをやっています」。「引っかかれたことはありませんか?」、「咬まれたことはありませんが、引っかかれることはありますよ」とのこと。

「ネコひっかき病」かも知れない? 

ネコひっかき病の病原体はBartonella henselaeという小さな細菌です。培養は難しいのですが、指の小さな膿瘍部を注射器で吸引して細菌培養検査に出しました。血液検査では特に異常なく、細菌感染を思わせる白血球増多や好中球増多はありませんでしたが、炎症所見のCRPは3.58と軽度上昇しています。診察所見ではリンパ節の悪性腫瘍は考えられませんので、この病原体に有効な抗菌薬(抗生物質)を処方しました。

ところがです!

すぐによくなるだろうと思っていましたが、7日後再び来院。リンパ節は少し大きくなってやや硬く、痛みも強くなったと。指の膿瘍は殆ど治癒していました。発熱なく全身状態良好ではありましたが、この時点で細菌培養での菌は陰性との報告でした。

確定診断には抗体検査が必要です。わが国でこの検査ができる施設を調べました。日本大学獣医公衆衛生学研究室の丸山総一教授がわが国ではじめてこの病原体を分離し、この方面の研究の第一人者であることがわかりました。

早速電話で抗体検査をお願いして、血清を東京まで送りました。

その結果、Bartonella henselaeに対する抗体価は初診時512倍、7日後の血清では1,024と上昇していました。この細菌は発育が遅くチョコレート寒天培地*1を使っても菌が発育するのに2週間以上もかかるので、一般検査室ではもう菌が発育しないと思って培地を捨ててしまうようです。指の傷も引っかかれてから1~2週間後に腫れてくることが多いので、この症例のようにいつ引っかかれたかがわからないことが多いようです。そして、リンパ節の腫れも1~2週間でよくなるものではなく、2~3ヶ月もかかるようです。

初診時腋下リンパ節の写真を撮りましたが、あまりよく撮れていませんので、同じような写真を丸山総一教授の論文から引用させていただきました(写真)。

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参考文献(丸山総一)より引用

予防は?

ネコと接していれば、よく引っ掻かれると思います。しかし、健康であればその傷は知らないうちによくなっている場合が多いようです。すべてのネコがこの菌を持っているわけではないのですが、子猫や野生のネコに引っかかれて発症することが多いと報告されています。健康な人は軽い症状ですみますが、ステロイドホルモンなどの免疫抑制剤を服用している人など感染抵抗性が落ちている人はさらにひどい症状となるようですので、早めの病院受診が必要です。

予防は引っ掻かれないこと、ネコの爪を切ること、野生のネコはすぐにネコパンチをするので、特に注意が必要です。

*1チョコレート寒天培地:血液寒天培地の変法の一つで、実際にチョコレートが含まれている訳では
  なく、チョコレート色をしているのでそう呼ばれている。

参考文献:丸山総一:猫ひっかき病。モダンメデイア50:203-211,2004

ツベルクリンと国際結婚2017年06月14日

佐世保はアメリカ海軍第7艦隊の軍事基地があり、軍人と家族を会わせて約5,600人あまりが住んでいます。ちなみに、沖縄はこの約8倍の47,000人が住んでいます。

基地のある街ですので、国際結婚も多く3年前のコラムでは「ツベルクリン事情」と題して彼我の相違について記載しました。

今回はその続きです。

この3年の間に国際結婚のための当院外来受診者が100組を超えました。人口激減中のわが国で適齢期の日本人男性がなかなか結婚できない現状の中、妙齢の大和撫子を奪われる悲哀を味わいながらの診察結果を表にしました。

米軍が要求する国際結婚のための検査は梅毒、HIV(エイズの感染の有無)とツベルクリン反応(結核感染の有無)の3つです。世界の文明国の結核罹患率は人口10万人あたり10人以下ですが、日本はまだ100人以上ですので、「中蔓延国」とされています。従って、結核の検査が必要なのです。

男性はアメリカ海軍第7艦隊の軍属ですので、基地の診療所で検査されているものが多いのですが、56名が当院で検査しています。女性は日本女性が最も多く83名、次いでフィリピン18名、韓国3名、中国(含む、香港)4名、米国2名、シンガポールとポーランドが各1名、女性の合計112名(112組)です。

文明国の多くがそうであるように、アメリカでは幼児期のBCG接種はありません。日本は生後5~8ヶ月の間に「はんこ注射」と呼ばれるBCG定期接種があります。

さて、フィリピン、韓国、中国、シンガポール、ポーランドではどうでしょうか? 

どの国も出生後直ちに、あるいは生後4週間以内(韓国)、2ヶ月以内(フィリピン)のBCG接種が義務づけされています。前回にも記載しましたように、わが国のツベルクリンの判定は国際的に広く使われているものとは異なっています。当院では当然米国式を採用していますが、かなりの人数ですので、ここで日米判定の比較表を作ってみました。

健康成人に対しての判定は、米国式では前腕部横径の硬結≧15mmが陽性。陽性者は胸部レントゲン撮影で結核性陰影がないことの証明が必要です。Total:51名が陽性。日本式判定では硬結≧20mmまたは赤発≧40mmが有意(なぜか陽性と云わずに有意の反応というのだそうです)。結果はTotal:23名が陽性となりました。赤発径のほぼ1/2が硬結というデータがあるので、赤発40mm≧を有意としていますが、参考値としての硬結≧20mmのみでみてみると日本人女性では12名が7名に減ります。BCG接種をしない米国人を対象にした硬結≧15mmでは米国人の陽性率は8.9%程度であるのに、この基準をBCG接種歴がある国の女性群に当てはめると40%程度と極めて高くなります。陽性者全員がレントゲン所見で異常はありませんでしたので、結論から述べると日本を含めBCG接種歴がある国のツベルクリン陽性(有意)基準は硬結≧20mmのみとした方が彼我の陽性率もほぼ同率となり、赤発≧40mmの項目は必要ないと思われます。

なお、日本では結核の診断には現在ツベルクリン反応は使用されず、3年前にも記載しましたように、QFTやT-SPOTのようなインターフェロンγ遊離試験(IGRA検査)が用いられています。しかし、ツベルクリン反応は国際的にはまだまだ結核の補助診断として用いられていますので、わが国の判定基準(2006年)も再度見直す必要があるのではないかと思います。

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○ 国際結婚~余話~

韓国には米軍基地がありますが、フィリピンは15年前になくなっているのに、どうして多くの女性が日本に来ているのでしょうか? 詳細は不明ですが、米軍男性の中にはフィリピン人が入隊して米国国籍となった人がいることもその一因のようです。では、米軍男性と日本人女性との出会いの場所はどこでしょう。佐世保市内と博多区内の決まったお店が多いようです。従って、二鶴堂の博多土産と同じ「博多の女(ひと)」も多いようです。

軍人男性の平均年齢は27.3歳、日本女性は24.5歳、日本人の初婚年齢を見ると、2015年で男性31.1歳、女性29.4歳で、これに比べると男女ともかなりの若さです。32年前の1985年の日本男性の初婚年齢は28.0歳、女性25.6歳なので、これよりまだまだ若い。男性の27歳は40年前の1977年頃、女性の24歳は60年前の1956年頃の日本の初婚水準です。軍人が若いのはわかりますが、現在の日本人女性が若くして連れ去られている??のはいかにも残念。

女性の生涯出産率は当然若いほど大きい。男は子供を生めないので、29.4歳という年齢の初産婦でも頑張ってもらわなければなりませんが、2015年発表のわが国の出産率は1.42と2.0以下で、しかも死亡率が出生率を上回っている状態。このような国は日本、ドイツ、イタリアしかなく、それ以外の文明国はまだまだ出生率が死亡率を上回っています。

日本は滅び行く国なのか? 

軍人さんと結婚する若い女性を見ると、大変スマートで理知的な女性が多い。

これも残念な要素の一つではあるが、国際結婚でいい面もたくさんある。アメリカ・プロゴルファーのリッキー・ファウラーはミドルネームが「ユタカ」で母方の祖父が日系2世とのこと、日本人の血が少しでも流れていると思えば、応援にも力がこもる。2016年のフェニックス・オープンでは松山英樹とのプレーオフの激戦を堪能させて頂いた。また、フィギュアスケートやその他のスポーツ選手でも日系人の活躍は多い。国際交流が盛んな中、彼女たちに多くの2世誕生を期待して、これからの国際交流貢献に大いに期待したいところでもある。

 

Ivermectinと糞線虫症2015年10月16日

Ivermectin・・・日本語でなんと読みますか? 

アイバーメクチン? イベルメクチン? これは今年のノーベル賞を受賞された大村 智先生が発見されたすばらしい薬。地球上の何億人もの人々を救っている薬です。

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沖縄には糞線虫症という感染症があります。これを撲滅すべく、1989年(平成元年)琉球大学第一内科を中心に沖縄糞線虫症治療研究会を立ち上げて、既存のあらゆる治療薬について、その効果を検討しましたが、まったく満足すべき結果は得られませんでした。

糞線虫は熱帯・亜熱帯地方の腸管寄生虫で、わが国では奄美・沖縄地域の風土病的感染症。新しく開発した検査法を駆使して沖縄県では少なくとも約3万人の感染者がいることがわかりました。治療はもう新薬に頼るしかないと、外国の文献を探すうち、Ivermectin が糞線虫症に効くかも知れない?と書かれた新刊の専門書に出会いました。

どうにかして輸入して試してみたい。

調べていくうちに、この薬は静岡県川奈ゴルフ場の土から日本人が発見・開発した薬と書かれた書物もありましたが、日本人の名前は書かれてなく、私はこれをアイバーメクチンと読んでしまった。しかも、こともあろうに日本のアイバさんという人が発見したのではないかと思ったのでした。

この薬はアメリカのメルク社が特許を持っていたので、少しばかり輸入したいとの手紙を書きました。ところが、この薬はちょうどこの時アフリカのオンコセルカ症(River blind disease:河川盲目症)の特効薬ということがわかり、その撲滅のためにWHOが大量に買い上げてすでに数万人へ投与を開始したばかりであり、私たちが試しに使う100錠や200錠などの小規模の研究に分けてやる余裕はないとの返事でした。

しかし、、、、、、、、、返事があるということは脈があるということではないか?

既存薬での惨憺たる治療成績を送り何度も何度もお願いの手紙を書く。ある日、待ちに待った朗報が舞い込みました。そちらが希望するだけいくらでも、いつでも無償でお送りするとのこと。しかし、未知の薬を患者さんに使うには、大学内の倫理委員会の許可が必要。なんと云っても日本人に初めて使う薬。厚労相の許可は得られたが、倫理委員会の許可はなかなか下りない。幸運にも厚労省の熱帯病治療薬研究班(班長:大友弘士慈恵医大教授)の援助をうけ、ようやく使えるようになりました。使ってみるとその効果は私たちの予想をはるかに超えるものでありました。はじめに僅か2錠(200μg/kg)服用して、2週間後にもう一度飲んでいただく方法で、ほぼ100%の駆虫率、副作用はほとんど見られない。一旦感染したら、自力では一生排除できないこの感染症をこの薬で完全に制圧できることが分かった瞬間でした。

しかし、この薬を一般医療で使うことができるには、治験をして国の認可を得る必要があります。その後、さらに幾多の困難と長い時間がかかりましたが、

多くの方々の努力によりようやく2002(平成14)年12月、一般名Ivermectinは日本の商品名「ストロメクトール」として発売されることとなりました。

研究をはじめてから実に13年間もの長い長い道のりでした。学会発表時にも私たちがアイバーメクチンと発音していたこの薬は、わが国では一般名「イベルメクチン」と発音されていて、北里研究所所長の大村 智博士が発見された薬であることを知ったのは、ようやく大量の薬を無償で輸入できるようになった頃でした。したがって、その後の研究は大村博士にこの薬に関する直接のご指導、ご教示をいただきながら進めることができました。先生には沖縄へもお越しいただき、私たちはその温厚な先生人柄に接し、ご講演なども親しく拝聴させていただくこともできました。そして、私はこの研究の代表者として1999(平成11)年第47回日本化学療法学会総会(東京)において、この学会の最高賞である第10回「志賀潔・秦佐八郎記念賞」を大村先生から直接頂いたのでした。

WHOの西アフリカにおけるオンコセルカ感染制御計画(OCP)は私たちが糞線虫症にこの薬を応用しようとした1989年(平成元年)と時を同じくしてこの薬が使用開始され、その後4,000万人の感染を予防し、60万人の失明を防ぎ、1,800万人の小児が疾患と失明の脅威に晒されずにすんだと報道されています。また、2013年には感染者がいる24カ国の1億人以上の人々にこの薬(外国での商品名:Mectizanメクチザン)が配布されました。WHOは2013年4月コロンビアがオンコセルカ症の排除が達成されたことを発表し、同年9月にはエクアドルが排除達成の第2番目の国になったことを発表しました。

一方、糞線虫症は失明をきたすオンコセルカほどの脅威はないとはいえ、高齢者や免疫能が低下した人では、播種性糞線虫症といわれる髄膜炎、敗血症、肺炎などの重篤な致死的感染症を引き起こします。熱帯・亜熱帯を中心に世界中で3,500万人の感染者がいるといわれていますが、私たちの検査法から推定するとこの10倍以上3~4億人の感染者がいると思われます。

そしてまた、私たちの研究の途中に判明したことでありますが、この薬は疥癬の特効薬でもあります。高齢者介護施設や長期療養型病院などで猛威を振るっていた疥癬は簡単に治療ができるようになって、現在ではわが国ではほとんど見かけない皮膚病となりました。この疾患も世界中で数億人が感染していたでしょう。これらがすべてこの薬一つで駆逐することができるのです。大村博士はこのほかにも25種類以上の医薬、動物薬、農薬を開発されていて、これらが人類の福祉に貢献している規模の壮大さは計り知れないものがあります。平成の「野口英世」と称される先生のノーベル賞受賞はむしろ遅すぎたと感じるほどではないでしょうか。

今回のノーベル賞受賞に関しては、日本国民はもとより直接その恩恵に浴した沖縄県民の喜びはひとしお大きなものがあります。そして、糞線虫治療に携わった多くの医療関係者の喜びも私を含め絶大なものがあります。心からのお礼とお祝いを申し上げたいと思います。

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